1. 「実学」とは:エビデンスに基づく精神医学(EBM)
精神科医が目指す「実学」とは、**エビデンスに基づいた実践(Evidence-Based Practice: EBP)**を中核とする、患者さんの健康アウトカムの改善に直接結びつく知識と技術の体系を指します。
1.1. 実学の根拠:EBMの三要素
実学の根拠となるのは、単なる研究結果ではなく、以下の三要素が統合された「最善の医療」です。
- 最良の科学的エビデンス(Best Research Evidence):
- 定義: 無作為化比較試験(RCT)やメタアナリシスといった、バイアスの少ない方法で得られた、因果関係や治療効果の確実性を示すデータ。
- 適用: 薬物療法の効果、特定の心理療法(CBTなど)の有効性、疾患の診断基準、予後予測など、再現性が高く、統計的に有意な結論が得られている領域。
- 例: 「うつ病の治療初期においてSSRIと認知行動療法を併用することで、いずれか単独よりも奏効率が高まる」といった、診療ガイドラインの推奨事項。
- 臨床家の経験と専門知識(Clinical Expertise):
- 定義: 医師が長年の臨床経験を通じて培ってきた、患者さんの症状や背景、治療への反応性を総合的に判断する能力。
- 適用: エビデンスが確立されていない稀なケースへの対応、複数の併存疾患を持つ患者さんへの治療調整、薬の副作用の早期発見と対処など、個別化された判断が求められる場面。
- 患者の価値観と好み(Patient Values and Preferences):
- 定義: 患者さんが治療に何を求め、どのような生活を望んでいるかという意向。
- 適用: 薬の副作用を避けたい、心理療法に時間をかけたい、といった患者さんの希望を尊重し、エビデンスに基づいた複数の選択肢の中から**共同意思決定(Shared Decision Making)**を行う。
⇒ 実学: これら三要素を統合し、「この患者さんにとっての最善の治療は何か」という問いに答えるための、臨床に直結した知識と判断の枠組みです。
1.2. 実学の目的:標準化と個別化の両立
実学は、世界中のどこで診療を受けても最低限の水準が保証される「標準化・均てん化」を推進しつつ、個別化した治療計画を立てることを目的としています。
2. 「雑学」とは:エビデンスレベルが低い、あるいは臨床応用が不明確な知識
精神科医が考える「雑学」とは、興味深いが、上記のような厳密なEBMの枠組みの外にある知識、または臨床応用する上での確実性や再現性に欠ける情報を指します。
2.1. 雑学の主な特徴と根拠の弱さ
| 特徴 | 具体的な内容 | 根拠が弱い理由(エビデンスの視点から) |
| 興味深いトリビア | 「〇〇という病気の患者は芸術家が多い」「特定の季節に発症しやすい病気」など。 | 相関関係と因果関係の混同:統計的な関連が見られても、それが治療に直結する因果関係かどうかが不明確。サンプルサイズが小さい研究やケースレポートに基づくことが多い。 |
| 個人的な経験則 | 「このタイプの患者には、この薬より漢方薬の〇〇が効く気がする」といった、医師個人の成功体験。 | バイアスの影響:プラセボ効果や報告バイアス(効果があったケースだけを記憶する)の影響を受けやすく、客観的な再現性がない。EBMにおける「臨床家の経験」単独の要素に留まる。 |
| 未確定の理論 | 「脳のこの部位の活動が落ちているのが原因」といった、画像診断や遺伝子レベルでの単一的な原因論。 | 多因子説の無視:精神疾患は遺伝、環境、心理的要因が複雑に絡む多因子疾患であり、単一の原因で説明できるものではない。研究途上の知見であり、治療法として確立していない。 |
| 時代遅れの知識 | 過去の診断基準や病因論(例:古い精神分析理論の用語など)。 | 最新の科学的知見との乖離:精神医学は神経科学の進展とともに日々進歩しており、エビデンスが更新されているため、古い知識は実学としての価値を失う。 |
2.2. 雑学の限界:危険性と非効率性
雑学に依存した診療は、以下のような問題を引き起こします。
- 患者アウトカムの低下: 科学的根拠のない治療法を選択することで、患者さんの症状改善の機会を逃し、不必要な苦痛やコストを強いる可能性があります。
- 医療の質の格差: 医師個人の知識や経験に依存するため、医療の質が不安定になり、標準的な治療水準を保証できなくなります。
- 誤解の拡大: 一般向けの情報として発信された場合、科学的根拠が低い情報が広まり、スティグマ(偏見)や治療への誤解を招く可能性があります。
3. 雑学を「実学」へ昇華させるプロセス
精神科医は、興味深い「雑学」的な着想を、以下のプロセスを経て「実学」の領域に取り込もうとします。
- 仮説構築: 臨床現場での気づき(雑学的なアイデア)を基に、「特定の治療法が有効である」という仮説を立てる。
- エビデンスの創出: この仮説を検証するために、**ランダム化比較試験(RCT)**などの厳密な研究デザインを用いて、客観的なデータを収集する。
- システマティックレビュー/メタアナリシス: 複数の良質な研究の結果を統合・分析し、治療効果の**確実性(エビデンスレベル)**を評価する。
- ガイドラインへの採用: 高いエビデンスレベルが認められた知見が、診療ガイドラインに組み込まれることで、「実学」として正式に臨床現場での推奨事項となる。
まとめ
精神科医にとっての「実学」とは、最良の科学的エビデンス(特にRCTやメタアナリシス)、臨床家の経験、そして患者の価値観の三者を統合した、再現性と確実性のある臨床実践です。
対して「雑学」とは、興味深いがエビデンスレベルが低く、客観的な再現性に乏しい知識です。
精神科医は、常に最新の「実学」に基づき、患者さん一人ひとりの状態に合わせて治療を個別化(エビデンスの限界を超える部分)する責任を負っています。EBMは、そのための倫理的・科学的な土台を提供していると言えます。医療において雑学は通用しないと考えております。EBMでいうとエキスパートオピニオンが雑学であるならば中原こころのクリニックではガイドラインを抑え経験則に基づくエキスパートオピニオンでも治療の奏効率があがるような医療を心がけていきたいです。川崎市とも協力しながら武蔵小杉や川崎、溝の口に関わらず求めていただけるよう鋭意努力致します
