過去の日本の政権交代時における市民の感情変化と対応

1. はじめに:政治的変動と集合的メンタルヘルス

政治の変動、特に長年の支配構造が崩れる「政権交代」は、単なる政治現象に留まらず、社会全体に大きな心理的・集合的影響を及ぼすライフイベントである。日本では、1993年の非自民連立政権(細川内閣)誕生、2009年の民主党政権への交代、そして2012年の自民党への政権復帰など、重要な政権交代を経験してきた。これらの出来事は、市民の期待、不安、そして社会への信頼感に深く作用し、集合的なメンタルヘルスに影響を与えたと考えられる。

精神科専門医の視点から見れば、政権交代は「予測可能な安定性の崩壊」であり、多くの個人にとって慢性的なストレス因子となり得る。本論考では、過去の日本の政権交代時における市民の感情変化を、期待と希望、失望と不安、そして心理的対応と適応の三つのフェーズに分けて精神医学的・社会心理学的に考察する。

2. 政権交代時における市民の感情変化の三つのフェーズ

2.1. フェーズ1:政権交代直前の「集合的期待と高揚感」

政権交代が現実味を帯びる時期、市民の間には「変化への期待」に基づく集合的な高揚感が生じる。

精神医学的解釈:カタルシスと集団アイデンティティの再構築

長年の旧政権に対する不満や閉塞感が、選挙という民主的なプロセスを通じて解消される(カタルシス)。これは、政治的抑圧からの解放感として体験され、一時的に気分が高揚する効果を持つ。

新しい政権、特に野党勢力への支持は、単なる政策への賛同を超え、「現状を変えたい」という集団アイデンティティの形成を促す。この高揚感は、選挙期間中の一体感(「われわれは変革の側にいる」)によって増幅され、一種の**「マニ(軽躁)的」な集団感情**を呈することがある。

心理的対応:希望的観測に基づく「理想化」

市民は新政権に対し、現実的な可能性を超えた「理想的な未来」を投影しがちである(対象の理想化)。この理想化は、特に旧政権の失策が多かった場合に顕著になり、「全てが良くなる」という非現実的な期待を生む。これは、後の失望の落差を大きくする要因となる。

2.2. フェーズ2:政権樹立後および政策実行時の「失望と社会不安」

政権交代後、新政権が現実的な課題に直面し、理想と現実のギャップが明らかになるにつれて、市民の感情は急激に変化する。日本の過去の政権交代の例では、この時期の失望感がしばしば見られた。

精神医学的解釈:理想化の崩壊と「躁うつ的な落差」

理想化していた対象(新政権)が期待に応えられないとき、市民は**「理想化の崩壊(De-idealization)」を体験する。これは、心理的には「喪失体験」**に近い感情を引き起こす。選挙時の高揚感(躁的要素)から一転して、失望、怒り、無力感(抑うつ的要素)へと感情が急落する。

集合的失望は、社会全体の不安水準(Anxiety Level)を押し上げる。新政権の不安定さや、旧政権支持層からの反発、そして政策実行の遅延や失敗は、「政治的な不確実性」として市民の日常的なストレス源となる。特に経済政策の失敗や社会保障制度への影響が懸念される場合、健康不安や将来不安といった形で個人のメンタルヘルスに直接的な影響が及ぶ。

臨床的示唆:この時期には、不確実性による全般性不安障害の訴えや、政治ニュースへの過度な執着とそれによる睡眠障害、抑うつ状態などが臨床現場で増加する可能性がある。

2.3. フェーズ3:長期的な「受容と再調整(Recalibration)」

時間が経過し、新政権の安定化あるいは再度の交代を経て、市民は変動した政治状況を受け入れ、心理的な「再調整」を行う。

精神医学的解釈:心理的防衛機制の確立

失望を繰り返した市民は、感情的な関与を避けるという**「防衛機制(Defense Mechanism)」**を強化する傾向が見られる。

**「冷笑主義(Cynicism)」や「政治的無関心(Apathy)」:政治に期待を抱いても裏切られるという経験から、あえて期待を持たないという心理的防衛が働く。これは、心理的な傷つきを防ぐための「感情の麻痺(Emotional Numbing)」**の一形態である。

**「私生活志向(Privatism)」への回帰:政治への関与から得られる報酬(変革の実現)が少ないと判断されると、エネルギーを個人の生活、家族、趣味など、より制御可能な領域に集中させるようになる(社会心理学の知見との関連)。これは、政治的な不確実性から生じるストレスへの「逃避」**と見なせる。

3. 精神医学的考察:トラウマと信頼の再構築

日本の政権交代における市民の感情変化を深く理解するためには、「政治的信頼」の概念が重要である。

「集合的トラウマ」としての政治的裏切り:

選挙で示された国民の意思(期待)が、政権の失敗やスキャンダルによって裏切られる体験は、**「対人関係のトラウマ」と同様の心理的影響を与える。この「政治的裏切り」が繰り返されると、市民は政治システム全体に対する「基本的信頼感(Basic Trust)」を失い、社会に対する「安全基地(Secure Base)」**としての機能を政治に見出せなくなる。

この慢性的な不信感は、社会全体の凝集性を低下させ、市民の相互間の**「共感疲労(Empathy Fatigue)」や「ソーシャル・フラストレーション(Social Frustration)」**を高める可能性がある。

適応とレジリエンス:

一方で、政権交代は市民の**「政治的効力感(Political Efficacy)」を高める機会でもある。自らの投票行動が実際に政権を動かしたという経験は、民主主義社会における個人のレジリエンス(精神的回復力)**を養う。しかし、日本の事例では、早期の政権崩壊や失望が、この効力感をむしろ低下させ、前述の無関心につながった側面も無視できない。

4. まとめと提言

過去の日本の政権交代時における市民の感情変化は、**「集合的理想化」に始まり、「集合的失望」を経て、「感情の麻痺(無関心)」**へと至る、一連の心理的プロセスとして捉えることができる。これは、政治という巨大な対象に対する期待と、その制御不能な現実との間に生じる、躁うつ的な集合的感情の波である。

精神科専門医の視点からの提言として、政治家およびメディアは、市民のメンタルヘルスに配慮した情報発信とコミュニケーションを心がけるべきである。

**「非現実的な理想化」の抑制:**選挙時において、過度な期待を煽るのではなく、課題の複雑性を誠実に説明し、市民の「失望」の度合いを緩和することが、長期的な社会の安定に繋がる。

**「不確実性の管理」:**政権交代後の混乱期には、正確かつ安定的な情報提供を継続し、市民の不安水準の急激な上昇を抑制する必要がある。政治的な不確実性は、そのまま社会全体のストレスと不安を増大させる。

日本の民主主義の成熟は、単なる制度の整備だけでなく、市民が政治の変動を感情的に、そして健康的に乗り越える**「集合的な心理的レジリエンス」**の構築にかかっていると言える。今後の政治変動においても、この集合的なメンタルヘルスへの配慮が重要となるだろう。

2025年10月の自公連立解消により政権交代を意識した瞬間に政治への心の変化関心は気体や不安を見出すだけでなく心の安心感や安全基地をときに揺るがすもののようです

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