挨拶からはじまる心の変化:心理学的・神経科学的視点からの考察

はじめに

日常のささやかな行為である「挨拶」は、単なる社交辞令として片付けられがちです。しかし、この簡潔なコミュニケーション行為が、私たちの心、ひいては脳にまで広範な影響を及ぼす可能性が、近年の心理学や神経科学の研究によって示唆されています。本稿では、「挨拶」という行為が、個人の心の状態、対人関係、そして社会全体にもたらすポジティブな変化について、多角的な視点から詳細に考察します。特に、具体的な心理学的理論や神経科学的メカニズム、そして関連する研究論文を基に、挨拶がどのようにして心の変化を誘発し、ウェルビーイングを高めるのかを、約1万字にわたって深く掘り下げていきます。

第1章:挨拶の定義と心理学的機能

挨拶は、人間社会における最も基本的なコミュニケーションの一つであり、その機能は多岐にわたります。ここでは、挨拶の定義を明確にし、心理学的な側面からその機能を分析します。

1.1 挨拶の定義と文化差

挨拶とは、他者との出会いや別れ、あるいは特定の状況において交わされる、定型的な言語的・非言語的表現の総称です。その形式は文化によって大きく異なり、例えば日本では「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」といった言葉が一般的ですが、欧米では握手、抱擁、キスなどが加わることもあります。また、アジア圏の一部ではお辞儀が重要な非言語的挨拶として機能します。

これらの文化差がある一方で、挨拶が普遍的に持つ機能は、**「存在の認識」「関係性の構築と維持」「意図の表明」**の3点に集約されます。

存在の認識(Recognition of Presence): 挨拶は、まず相手の存在を認識し、その認識を相手に伝える行為です。これにより、相手は「自分はここにいることを認められた」と感じ、安心感を覚えます。

関係性の構築と維持(Relationship Building and Maintenance): 挨拶は、対人関係の始まりを告げ、あるいは既存の関係性を確認し、維持する役割を果たします。定期的な挨拶は、関係性の健全性を保つための「儀式」とも言えます。

意図の表明(Expression of Intention): 挨拶には、「敵意がない」「友好的である」「これから交流を始めたい」といった、その後のコミュニケーションにおけるポジティブな意図を示す機能があります。

1.2 挨拶の心理学的機能:アタッチメントと安全基地

心理学におけるアタッチメント理論は、乳幼児期の親子関係における愛着形成が、その後の対人関係や情動調整に大きな影響を与えることを示しています(Bowlby, 1969)。挨拶は、このアタッチメントシステムを活性化させる初期的なシグナルとして機能し得ます。例えば、親しい人からの挨拶は、一種の「安全基地」を提供するような効果を持つことがあります。見知った人からの挨拶は、外部環境が安全であるという情報を脳に送り、不必要な警戒心を解き、リラックスした状態を促進します。

また、社会心理学における社会的交換理論(Thibaut & Kelley, 1959)の観点からも、挨拶は最小限のコストでポジティブな社会的報酬(承認、好意など)を得る行為と解釈できます。挨拶をすることで、相手からの好意的な反応が期待され、それは自己肯定感の向上や、その後の円滑なコミュニケーションへの足がかりとなります。

第2章:挨拶が個人の心にもたらす変化

挨拶は、受け手だけでなく、挨拶をする側の心の状態にも明確な変化をもたらします。ここでは、主に挨拶がストレス軽減、気分向上、自己効力感、そして心のレジリエンスに与える影響について考察します。

2.1 ストレス軽減と気分向上:神経内分泌学的メカニズム

挨拶がストレス軽減や気分向上に寄与するメカニズムには、神経内分泌学的プロセスが深く関与しています。

オキシトシンの分泌促進: 信頼できる他者とのポジティブな社会的相互作用、特に身体接触を伴う挨拶(例:握手)や、温かい声かけは、脳内のオキシトシンの分泌を促進するとされています(Zak et al., 2007; Heinrichs et al., 2009)。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれ、ストレス反応の抑制、信頼感の向上、共感性の促進といった効果を持つことが知られています。シンプルな挨拶であっても、その行為自体がポジティブな社会的相互作用のトリガーとなり、微量ながらもオキシトシンの放出を促し、結果的に安心感や幸福感を高める可能性があります。

ドーパミン報酬系の活性化: 他者からの肯定的な反応(笑顔、返答など)を得ることは、脳の報酬系(中脳辺縁系ドーパミン経路)を活性化させ、ドーパミンの放出を促します。ドーパミンは、快感、動機付け、学習に関与する神経伝達物質であり、挨拶を通じて得られる微細なポジティブフィードバックは、この報酬系を刺激し、気分を高め、さらに積極的に他者と交流しようとする動機付けとなります(Schultz, 1998)。挨拶をすることで得られる「承認された」という感覚は、自己肯定感を高め、気分の安定に寄与します。

コルチゾールの抑制: ストレス時に分泌されるコルチゾールは、長期的に過剰な状態が続くと心身に悪影響を及ぼします。しかし、社会的サポートやポジティブな対人関係は、コルチゾールレベルの低下と関連することが示されています(Cohen & Herbert, 1996)。挨拶によるポジティブな社会的相互作用は、このストレスホルモンの分泌を抑制し、心身の安定に寄与する可能性があります。

2.2 自己効力感と自己肯定感の向上

挨拶は、自ら積極的に他者に働きかける行為であり、この行為が成功すること(相手からの応答を得られること)は、自己効力感(Bandura, 1977)を高めます。自己効力感とは、「自分がある状況において、目標達成のために必要な行動をうまく遂行できる」という確信のことであり、精神的健康に深く関わっています。挨拶がスムーズに交わされる経験は、「自分は他者と良好な関係を築ける」という自信に繋がり、これが自己効力感を高めます。

また、相手からのポジティブな反応(笑顔、好意的な返答など)は、自己肯定感の向上にも寄与します。自己肯定感は「自分自身の存在そのものを肯定的に捉える感覚」であり、精神的安定の基盤となります。挨拶を通じて、自分が他者に受け入れられている、好意的に思われていると感じることは、自己肯定感を育む上で重要な経験となります。

2.3 精神的レジリエンスの強化

挨拶の習慣は、個人の**精神的レジリエンス(回復力)**を高める可能性があります。レジリエンスとは、ストレスや困難な状況に直面した際に、しなやかに適応し、立ち直る能力を指します(Tedeschi & Calhoun, 2004)。

挨拶を継続的に行うことで、以下のようなレジリエンス強化に繋がる要素が育まれます。

ポジティブ感情の増加: 前述の通り、挨拶は気分を高め、ポジティブ感情を誘発します。ポジティブ感情は、思考の幅を広げ、創造性を高め、困難な状況を乗り越えるための資源となるとされています(Fredrickson, 2001)。

社会的サポートの知覚: 挨拶を通じて日常的に他者と交流することは、いざという時に助けを求められる「社会的サポート」が周囲に存在するという感覚を高めます。社会的サポートの知覚は、ストレス対処能力を高め、精神疾患の発症リスクを低減することが多くの研究で示されています(House et al., 1988)。

自己肯定感と自己効力感の向上: これらの感覚は、困難に直面した際に「自分なら乗り越えられる」という信念を支え、問題解決に積極的に取り組む姿勢を促します。

第3章:挨拶が対人関係にもたらす変化

挨拶は、単なる個人の心理状態だけでなく、対人関係の質にも大きな影響を与えます。ここでは、関係性の深化、共感の促進、対立の解消といった側面から考察します。

3.1 関係性の構築と深化:社会的連帯感の醸成

挨拶は、社会的相互作用の最初の扉を開く行為であり、関係性の構築に不可欠です。

初頭効果と好意の形成: 初めて会う人に対する挨拶は、その後の印象を決定づける初頭効果(Asch, 1946)に大きく影響します。明るく、丁寧な挨拶は、相手に好意的な第一印象を与え、その後の円滑なコミュニケーションの土台を築きます。逆に、挨拶がない、あるいは不愛想な挨拶は、相手にネガティブな印象を与え、関係性の発展を阻害する可能性があります。

社会的距離の調整: 挨拶の種類や形式は、相手との関係性や社会的距離を反映し、また調整する機能も持ちます。例えば、親しい友人にはカジュアルな挨拶を、目上の人にはより丁寧な挨拶をするなど、状況に応じた使い分けは、相手への配慮を示す行為であり、関係性を円滑に保つ上で重要です。

社会的結合の強化: 日常的な挨拶の交換は、地域社会や職場などの集団内における**社会的結合(social cohesion)**を強化します。例えば、職場で「おはようございます」と交わされる挨拶は、単なる言葉の交換ではなく、お互いの存在を認め、チームの一員であることを再確認する行為です。これにより、連帯感が醸成され、協力的な環境が生まれやすくなります。Durkheim(1912)の社会学的な視点では、このような儀式的な行為が社会の統合に寄与するとされています。

3.2 共感性の促進と誤解の解消

挨拶は、他者への共感性を高める上でも重要な役割を果たします。

ミラーニューロンシステムの活性化: 挨拶時に交わされる笑顔や目の合わせ方、声のトーンといった非言語的な情報は、脳内のミラーニューロンシステムを活性化させると考えられています(Rizzolatti & Craighero, 2004)。ミラーニューロンは、他者の行動を見ることで、あたかも自分自身がその行動を行っているかのように脳が反応する神経細胞であり、これにより他者の意図や感情を理解する(共感する)手助けとなります。挨拶におけるポジティブな非言語的情報に触れることは、相手への共感を深め、より良い関係性を築くことに繋がります。

誤解の解消と緊張の緩和: 挨拶は、コミュニケーションの障壁を取り除き、誤解を防ぐ効果があります。例えば、無言ですれ違うだけでは、相手が自分に敵意を持っているのではないか、あるいは無視しているのではないかという誤解が生じる可能性があります。しかし、一言の挨拶を交わすだけで、そのような負の解釈が避けられ、不必要な緊張が緩和されます。特に、多様なバックグラウンドを持つ人々が共存する現代社会においては、挨拶は文化的な違いや個人的な差異を超えて、相互理解の架け橋となる重要な役割を担います。

第4章:挨拶の習慣化と社会的な影響

挨拶は個人の心と対人関係にポジティブな変化をもたらしますが、それが習慣化され、社会全体に波及していくことで、より大きな影響力を持ちます。

4.1 職場の生産性とチームワークの向上

職場における挨拶の習慣は、単なるマナー以上の意味を持ちます。

心理的安全性(Psychological Safety)の醸成: Amy Edmondson(1999)が提唱した心理的安全性とは、「チーム内で、対人関係のリスクを恐れることなく、自由に意見を言ったり、質問したり、間違いを認めたりできる状態」を指します。日常的な挨拶の交換は、メンバーがお互いを認め合い、安心してコミュニケーションを取れる雰囲気を作り出す上で極めて重要です。心理的安全性が高いチームは、情報共有が活発になり、建設的な議論が行われ、結果として生産性やイノベーションが向上することが示されています。

チームワークと協力関係の強化: 挨拶は、メンバー間の絆を深め、協力的な関係を促進します。お互いに挨拶を交わすことで、それぞれの存在を意識し、円滑な連携が生まれやすくなります。これは、プロジェクトの成功や問題解決において不可欠な要素です。

エンゲージメントと離職率の改善: 従業員エンゲージメント(組織への貢献意欲)は、職場の雰囲気や人間関係に大きく左右されます。挨拶が行き交うポジティブな職場環境は、従業員のエンゲージメントを高め、結果として離職率の低下にも寄与すると考えられます。

4.2 地域社会の活性化と犯罪抑止

地域社会においても、挨拶は重要な役割を果たします。

コミュニティ形成と住民の連帯感: 近隣住民同士の挨拶は、個々人の繋がりを強化し、地域コミュニティの形成を促進します。挨拶を通じて顔と名前を覚え、簡単な会話を交わすことで、住民間に連帯感が生まれ、地域への帰属意識が高まります。これにより、互いに助け合い、支え合う「共助」の精神が育まれます。

防犯効果と治安の向上: 挨拶は、地域社会の**監視の目(informal social control)**を強化し、犯罪抑止に繋がる可能性があります。見慣れない人物が地域を徘徊している際に、住民が声をかけたり、挨拶を交わしたりすることで、不審者は「見られている」という意識を持ち、犯罪を思いとどまる効果が期待できます(Newman, 1972, Defensible Space Theory)。活発な挨拶は、地域社会の「健康度」を示す指標とも言え、治安維持に貢献します。

4.3 教育現場における効果

学校や幼稚園などの教育現場における挨拶の重要性も、多くの教育関係者が指摘しています。

健全な人間関係の構築: 教員と生徒、生徒同士が積極的に挨拶を交わす環境は、お互いを尊重し、受け入れ合う健全な人間関係を育みます。これは、いじめの予防や、安心できる学習環境の構築に不可欠です。

自己肯定感と社会性の発達: 挨拶を通じて他者からの肯定的な反応を得る経験は、子どもたちの自己肯定感を高めます。また、適切な挨拶の仕方を学ぶことは、社会性を発達させ、将来の円滑な対人関係の基礎を築く上で重要な教育的意義を持ちます。

学習意欲の向上: 教員と生徒間の良好な関係性は、生徒の学習意欲にも良い影響を与えます。挨拶を通じて信頼関係が築かれることで、生徒は安心して質問したり、意見を表明したりできるようになり、結果として学習効果が高まります。

第5章:挨拶が心にもたらす変化のメカニズム:より深い神経科学的考察

これまでの章で挨拶がもたらす様々な心理的・社会的な変化について述べてきましたが、ここではさらに深く、その背後にある神経科学的なメカニズムに焦点を当てて考察します。

5.1 社会的脳と挨拶の処理

人間の脳には、他者との相互作用を専門的に処理する領域が存在し、これらは総称して**社会的脳(Social Brain)**と呼ばれます。挨拶は、この社会的脳の主要な領域を活性化させます。

上側頭溝(Superior Temporal Sulcus, STS): 他者の顔の表情、視線、身体の動きといった社会的合図の処理に重要な役割を果たします。挨拶の際に交わされる視線や笑顔は、STSを活性化させ、相手の意図や感情を迅速に認識する手助けとなります(Allison et al., 2000)。

内側前頭前野(Medial Prefrontal Cortex, mPFC): 自己と他者の心的状態(思考、感情、意図)を推測する、いわゆる**心の理論(Theory of Mind)**において中心的な役割を担います。挨拶は、相手が自分に何を期待しているか、どのように感じているかを推測するプロセスを誘発し、mPFCの活動を高めます(Amodio & Frith, 2006)。

扁桃体(Amygdala): 感情、特に恐怖や不安の処理に関与しますが、社会的信号、特に信頼性や脅威の評価にも関与します。温かい挨拶や笑顔は、扁桃体の活動を鎮静化させ、安心感や信頼感を促進すると考えられます。逆に、挨拶がない、あるいは敵意のこもった挨拶は、扁桃体を活性化させ、警戒心を高める可能性があります(Adolphs, 2003)。

5.2 情動的共鳴と身体感覚の連動

挨拶は、単なる言葉の交換ではなく、感情的な共鳴を誘発します。

情動伝染(Emotional Contagion): 人間は、他者の表情、声のトーン、身体の動きを通じて、その感情状態を無意識のうちに模倣し、結果として同じような感情を経験する傾向があります。これを情動伝染と呼びます(Hatfield et al., 1994)。明るい挨拶と笑顔は、受け手にポジティブな感情を伝染させ、気分を高める効果があります。これは、脳内の情動処理に関わる領域(例えば島皮質など)が関与すると考えられています。

身体化された認知(Embodied Cognition): 挨拶における身体的な要素(お辞儀、握手、アイコンタクト)は、単なる象徴的な行為ではなく、脳と身体の相互作用を通じて、感情や認知に影響を与えます。例えば、姿勢を正して深くお辞儀をすることは、敬意の感情を内面化し、相手へのポジティブな態度を強化する可能性があります。また、相手とのアイコンタクトは、脳内の注意機能や共感性に関わる領域を活性化させます。

5.3 予測符号化と社会的報酬

挨拶は、脳の**予測符号化(Predictive Coding)**理論の観点からも説明できます。予測符号化とは、脳が常に感覚入力に対して予測を生成し、その予測と実際の入力との間の誤差を修正することで学習を進めるという理論です(Friston, 2005)。

挨拶をする際、私たちは相手からのポジティブな反応(返答、笑顔)を無意識に予測します。そして、その予測が的中し、期待通りのポジティブなフィードバックが得られた場合、脳の報酬系が活性化し、快感や満足感が生じます。これは、社会的報酬の一種として機能し、挨拶という行動を強化するメカニズムとなります。

逆に、挨拶に対するネガティブな反応(無視、不愛想な態度)や、予測とは異なる反応が得られた場合、予測誤差が生じ、不快感や動揺が生じます。しかし、この誤差は、その後の社会的学習の機会となり、より適切な挨拶の仕方や、状況に応じた対応を学ぶきっかけとなります。このように、挨拶は、予測符号化のサイクルを通じて、私たちの社会的学習と適応能力を洗練させる役割も担っているのです。

第6章:挨拶がもたらす心の変化を最大化するための実践的示唆

挨拶がもたらすポジティブな心の変化を最大化するためには、単に挨拶をするだけでなく、その質と継続性が重要です。

6.1 質の高い挨拶の要素

アイコンタクト: 相手の目を見て挨拶することは、信頼と誠意を示す最も直接的な方法です。文化によっては直接的なアイコンタクトが避けるべき場合もありますが、一般的には相手への注意と関心を示す重要な要素です。

笑顔: 笑顔は万国共通のポジティブな非言語的メッセージです。心からの笑顔は、ミラーニューロンシステムを介して相手にもポジティブな感情を誘発し、雰囲気を和ませます。

声のトーンと明瞭さ: 明るく、はっきりとした声で挨拶することは、相手に活気と好意を伝えます。声のトーンは、言葉の内容以上に感情を伝える力があります。

適切な距離と姿勢: 相手との物理的な距離や、開かれた姿勢は、安心感を与え、コミュニケーションを促進します。

パーソナライズ: 可能な場合は相手の名前を呼んだり、「最近どうですか?」といった一言を添えたりすることで、より個人的な繋がりを感じさせることができます。

6.2 継続性と習慣化の重要性

一度きりの挨拶も意味がありますが、その効果を最大限に引き出すためには、挨拶を習慣化し、継続することが不可欠です。

意識的な実践から無意識の習慣へ: 最初は意識的に挨拶を心がける必要がありますが、繰り返し行うことで、脳の基底核などが関与する習慣形成メカニズムにより、無意識的かつ自動的に挨拶ができるようになります。これにより、挨拶に伴う精神的な負担が軽減され、より自然なコミュニケーションが可能になります。

「挨拶の連鎖」の創出: 一人が積極的に挨拶をすることで、その行為が周囲に伝播し、挨拶が連鎖していく現象が見られます。これは、社会的学習(Bandura, 1977)や同調行動(Asch, 1951)のメカニズムによって説明できます。ポジティブな挨拶の習慣が個人から集団へと広がることで、前述した職場や地域社会における心理的安全性や連帯感がより強固なものとなります。

6.3 失敗を恐れない姿勢

挨拶をする際に、相手から期待通りの反応が得られないこともあります。無視されたり、不愛想な態度を取られたりすることもあるでしょう。しかし、ここで諦めずに、挨拶を続けることが重要です。

帰属の誤り(Attributional Error)を避ける: 相手の反応が悪い場合でも、それをすぐに「自分に問題がある」と決めつけないことが大切です。相手には相手なりの状況や気分がある可能性を考慮し、「たまたまだ」と割り切ることで、ネガティブな感情の蓄積を防げます。

小さな成功体験の積み重ね: 挨拶がスムーズに交わされる小さな成功体験を積み重ねることで、自己効力感が高まり、失敗に対するレジリエンスが養われます。

結論

本稿では、「挨拶」という日常のささやかな行為が、個人の心、対人関係、そして社会全体にもたらす広範かつ深遠な変化について、心理学と神経科学の知見を基に詳細に解説してきました。挨拶は、単なる儀礼的な行為に留まらず、私たちの脳内におけるオキシトシンやドーパミンの分泌を促し、ストレスを軽減し、気分を高める神経内分泌学的な基盤を持っています。また、自己効力感や自己肯定感を向上させ、精神的レジリエンスを強化することで、個人のウェルビーイングに直接的に寄与します。

さらに、挨拶は対人関係において、信頼関係の構築、共感性の促進、誤解の解消に不可欠な役割を果たし、職場の生産性向上や地域社会の活性化、さらには犯罪抑止にも繋がるという社会的な影響力も持ち合わせています。その背後には、社会的脳の活動、情動伝染、予測符号化といった複雑な神経科学的メカニズムが存在します。

挨拶がもたらすポジティブな変化を最大限に引き出すためには、アイコンタクト、笑顔、明るい声といった「質の高い挨拶」を意識し、それを日常生活の中で「継続的に習慣化」することが重要です。そして、時には期待通りの反応が得られなくても、それを恐れずに挨拶を続ける姿勢が、最終的には自分自身の心の変化に繋がります。

現代社会において、人間関係の希薄化や孤立が問題視される中で、挨拶というシンプルな行為の持つ力が改めて見直されるべきでしょう。デジタル化が進む現代だからこそ、オフラインでの温かい挨拶の交換が、人と人との繋がりを再構築し、より豊かな社会を築くための鍵となる可能性があります。挨拶は、私たちが互いに認め合い、支え合い、そしてより良い未来を共に創造していくための、最初の一歩であり、最も力強い心の変化の源泉なのです。

当院は武蔵中原駅前、中原こころのクリニックでは武蔵小杉駅から徒歩20分、武蔵新城駅からも徒歩15分程度であり溝ノ口(溝の口)からもバスや車で10分以内の立地です。川崎駅からもバスで一本であり南武線も乗り換えなしの16分の立地にあります。精神科専門医、心療内科医がかかりつけ医として高津区、中原区を中心とした訪問診療と外来通院治療を行っております

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参考文献

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