体の症状が精神科以外で否定されたときに私たちはどう考えたらいいのか:根拠を交えて解説

体の不調を感じて医療機関を受診したにもかかわらず、内科や外科、耳鼻咽喉科、整形外科など、精神科以外の診療科で「異常なし」と診断されたとき、患者さんは大きな困惑や不安を抱えることが少なくありません。検査結果に異常がないと言われても、症状そのものは存在し、日常生活に支障をきたしている場合、一体どう考え、どう対処すれば良いのでしょうか。ここでは、その状況を理解し、前向きな行動につながるための考え方を、心理学や医学の知見を交えて解説します。

1. 「異常なし」の診断の多様な意味を理解する

まず、「異常なし」という診断が何を意味するのかを多角的に理解することが重要です。

現在の検査で検出できる異常がない

根拠: 現代医学の検査は日々進歩していますが、それでもすべての病態や微細な機能異常を捉えられるわけではありません。例えば、血液検査、画像診断(X線、CT、MRI)、心電図などは、特定の器質的病変や機能異常を検出するのに優れていますが、病態によっては検出が困難なものもあります。特に、初期段階の疾患や、特定の条件(例えば、特定の時間帯や状況下でしか現れない症状)でのみ生じる異常は、検査時に捕捉できない可能性があります。

考え方: 「今の時点での、特定の検査では異常が検出されなかった」と捉えましょう。これは「あなたが健康である」ことを保証するものではなく、「現時点の検査技術では原因が特定できなかった」という事実を意味します。

症状の原因が身体の構造的な問題ではない

根拠: 身体の痛みや不調の中には、炎症や損傷といった明確な器質的変化ではなく、神経伝達物質のバランス、自律神経系の乱れ、脳の機能的な変化、あるいはストレスや心理的要因が深く関与しているものが多数存在します。例えば、線維筋痛症、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシアなどは、明らかな器質的異常が見つからないにもかかわらず、身体に強い症状を伴う病態として知られています。

考え方: 体の構造的な問題ではない可能性が高い、と認識を転換するきっかけと捉えましょう。症状は確かに身体に現れているものの、その出発点が身体の器質的変化とは異なる場合があることを理解することが重要です。

症状が心身の相互作用によって生じている可能性

根拠: 心と体は密接に連携しており、ストレスや精神的な状態が身体症状として現れることは、心身医学(Psychosomatic Medicine)の分野で広く認識されています。例えば、不安やうつは、頭痛、めまい、吐き気、動悸、息苦しさ、慢性的な痛みなど、多岐にわたる身体症状を引き起こすことが知られています(Katon et al., 2001)。これは、自律神経系や免疫系、内分泌系が心理的ストレスによって影響を受けるためです。

考え方: あなたの感じている症状が、心と体の両面から影響を受けている可能性がある、と広い視野で捉えましょう。これは、決して「気のせい」と言われているわけではありません。症状は本物であり、それに苦しんでいる事実を否定されるものではありません。

2. 「気のせい」ではないことを確信する

「異常なし」と言われた時、多くの人が「気のせいだと言われた」「私の思い過ごしなのか」と感じ、自己不信に陥りがちです。しかし、これは明確に否定されるべき考え方です。

根拠:

症状の実在性: あなたが感じている痛みや不調は、客観的な検査結果にかかわらず、あなたにとって現実の感覚であり、苦痛です。この苦痛は、決して「気のせい」ではありません。医師が「異常なし」と伝えるのは、検査で確認できない、あるいは医学的な診断基準に合致しないという意味であり、あなたの主観的な苦痛を否定するものではありません。

プラセボ効果の裏返し: プラセボ効果は、薬効のない物質でも「効く」と信じることで実際に症状が改善する現象ですが、これは心と体が深く結びついている証拠です。逆に言えば、心理的な要因が身体症状を悪化させることもあり、これも「気のせい」ではなく、心身の作用メカニズムの一部です。

脳の機能: 痛みなどの感覚は最終的に脳で処理されます。脳の機能的な変化や神経回路の感作(痛みを感じやすくなる状態)によっても、器質的異常がないにも関わらず強い身体症状が生じることがあります(例えば、慢性疼痛のメカニズム)。

考え方: あなたが感じている症状は、あなたにとって紛れもない現実です。その苦痛は決して「気のせい」ではなく、正当なものです。このことをまず自分自身で強く肯定しましょう。

3. 精神科受診への抵抗感を乗り越える

「精神科以外で異常なし」と言われた場合、次に精神科や心療内科の受診を勧められることがあります。これに対して、「自分は精神病ではない」「精神科に行ったら負けだ」といった強い抵抗感を抱く人が少なくありません。しかし、この抵抗感を乗り越えることが、症状改善への重要な一歩となる場合があります。

根拠:

心身医学的アプローチの必要性: 上述のように、身体症状の多くは心と体の相互作用によって生じます。心療内科や精神科は、この心身相関の視点から症状を診て、必要に応じて心理療法や薬物療法(抗うつ薬、抗不安薬など、身体症状の改善にも効果がある場合がある)を提供します。これは、あなたの身体症状を「気のせい」にするのではなく、そのメカニズムを理解し、心身両面からアプローチすることで症状の緩和を目指すものです。

早期介入の重要性: 身体症状が心理的要因から来ている場合、放置することで症状が慢性化したり、より複雑な問題に発展したりすることがあります。早期に適切なサポートを受けることで、症状の悪化を防ぎ、回復を早めることができます(Dimsdale & O’Connor, 2007)。

精神科・心療内科の多様性: 精神科や心療内科は、統合失調症のような重篤な精神疾患だけを扱う場所ではありません。ストレス関連疾患、適応障害、パニック症、うつ病、不安症、あるいは単なる生活上のストレスへの対処など、幅広い悩みに対応しています。身体症状が主な訴えであっても、これらの専門家は、心身のつながりを考慮した適切な診断と治療を提供できる可能性が高いです。

考え方:

「精神科=心の病気」というスティグマの払拭: 精神科や心療内科は、心が疲れている時に体を休めるのと同じように、心をケアする場所です。風邪をひいたら内科に行くように、心が疲れたら精神科に行く、という考え方にシフトしましょう。

専門医の視点の活用: 身体症状の専門医が原因を特定できなかった場合、精神科医や心療内科医は、別の角度(心理的ストレス、自律神経の乱れ、精神状態など)から症状を評価し、これまで見過ごされていた原因や対処法を見つけてくれる可能性があります。

4. 医療者とのコミュニケーションを改善する

「異常なし」という診断に納得できない場合、医療者とのコミュニケーションを改善することも重要です。

根拠:

医師と患者の協働(Shared Decision Making): 現代医療では、医師が一方的に治療を決定するのではなく、患者が自分の価値観や希望に基づいて治療選択に参画することが重視されています。患者が症状を適切に伝え、疑問を投げかけることで、より質の高い診断と治療に繋がります(Elwyn et al., 2012)。

情報提供の重要性: 症状の詳細(いつ、どこで、どんな時に、どのくらいの頻度で、何が引き金になるか、何で和らぐかなど)を具体的に伝えることで、医師はより正確な情報を得て、診断の手がかりにできます。また、過去の病歴、ストレス要因、家族歴なども重要な情報となります。

考え方:

症状の詳細を具体的にメモする: 受診前に、症状の経過、出現パターン、関連する出来事、試したことなどを詳細に記録しておきましょう。

不安や疑問を率直に伝える: 「異常なしと言われても症状が続いていて困っている」「この症状は何が原因だと考えられますか?」など、遠慮なく質問しましょう。

セカンドオピニオンや専門外来の検討: 納得できない場合は、別の医師の意見を聞く(セカンドオピニオン)ことや、機能性身体症候群などを専門とする外来(大学病院の心身医療科、疼痛外来、あるいは特定の消化器疾患や頭痛専門外来で心身医療に理解のある医師など)を探すことも有効です。

5. 自己管理と対処法を模索する

症状の原因が特定できなくても、あるいは精神科的アプローチと並行して、自分自身でできる対処法や自己管理を模索することも非常に重要です。

根拠:

心身のつながりへの意識: ストレス管理、適切な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動といった基本的な生活習慣は、自律神経の安定化、炎症の抑制、免疫機能の向上など、心身の健康全般に寄与します。これらは、身体症状の緩和にも間接的に、あるいは直接的に役立つことが多数の研究で示されています。

認知的行動療法(CBT): 精神疾患だけでなく、慢性疼痛や過敏性腸症候群などの身体症状に対しても有効性が示されている心理療法です。症状に対する考え方や行動パターンを変えることで、症状の悪化を防ぎ、 QOL(生活の質)の改善を目指します(Ford et al., 2012)。

マインドフルネス: 現在の瞬間に意識を集中し、判断せずに受け入れる練習です。痛みや不快な感覚に意識を向け、それらを「ありのまま」に観察することで、苦痛の感じ方を変化させる効果が期待できます(Kabat-Zinn, 1990)。

考え方:

ストレス管理: ストレス源の特定と、自分に合ったストレス解消法(趣味、リラクゼーション、瞑想、運動など)を見つけて実践する。

生活習慣の見直し: 規則正しい生活リズム、栄養バランスの取れた食事、質の良い睡眠を意識する。

適度な運動: 身体を動かすことは、ストレス解消だけでなく、自律神経の調整にも役立ちます。

リラクゼーション法: 深呼吸、漸進的筋弛緩法、アロマテラピーなど、心身をリラックスさせる方法を試す。

症状日誌をつける: 症状のパターンや、症状が出やすい状況、和らぐ要因などを記録することで、自己理解を深め、対処法を見つけるヒントになります。

川崎市武蔵中原駅前にあり、武蔵小杉や溝の口からも近隣にある中原こころのクリニックでは精神科専門医が一緒に問題を共有し考えていきます。問題解決のために修練されたスタッフ他医療福祉機関と協業し、治療場面を外来と訪問診療のもとで問題解決に努めていきます

まとめ

体の症状が精神科以外で否定されたとき、私たちは以下の点を心に留めるべきです。

「異常なし」は「現在の検査で検出できる異常なし」という意味であり、「健康である」とは限らない。

あなたの感じている症状は「気のせい」では決してない。それは紛れもない現実の苦痛である。

心と体は密接に繋がっており、身体症状は心理的要因から生じることもある。精神科・心療内科は、その心身のつながりを専門的に診る場所であり、受診は症状改善への前向きな一歩である。

医療者と積極的にコミュニケーションを取り、不安や疑問を伝え、必要であればセカンドオピニオンも検討する。

自分自身でできるストレス管理、生活習慣の見直し、リラクゼーション、マインドフルネスなどの自己管理・対処法を模索し、実践する。

この状況は、患者さんにとって非常に困難で、孤立感を感じやすいものです。しかし、それは決してあなた一人の問題ではありません。心身医学の進歩により、このような症状に対する理解と治療法は日々進化しています。諦めずに、多様な可能性を考慮し、自分に合ったサポートを見つけることが、症状の改善とQOLの向上に繋がります。

参考文献

Dimsdale, J. E., & O’Connor, A. (2007). The effect of depressive symptoms on cardiac outcomes: an update. Journal of Psychosomatic Research, 63(6), 569-577.

Elwyn, G., Frosch, D., Thomson, R., Joseph-Williams, N., Lloyd, A., Kinnersley, P., … & Barry, M. (2012). Shared decision making: a model for clinical practice. Journal of General Internal Medicine, 27(10), 1361-1367.

Ford, A. C., Talley, N. J., Schoenfeld, P. S., Quigley, E. M., & Moayyedi, P. (2012). Efficacy of antidepressants and psychological therapies in irritable bowel syndrome: systematic review and meta-analysis. Gut, 61(10), 1393-1406.

Kabat-Zinn, J. (1990). Full Catastrophe Living: Using the Wisdom of Your Body and Mind to Face Stress, Pain, and Illness. Delta.

Katon, W. J., Sullivan, M. D., & Walker, E. A. (2001). Medical symptoms without disease: mental disorders in medical settings. The Medical Clinics of North America, 85(3), 677-690.

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