腹痛を「心が原因」と考える根拠、手順、および対応:精神科専門医の視点

腹痛という身体症状を「心が原因」(心因性)と考えることは、精神科医療において非常に重要な鑑別診断の一つであり、安易な判断は避けるべきですが、適切なプロセスを経ることで、患者さんの苦痛の根本的な解決につながります。

精神科専門医として、このプロセスを医学的ガイドライン(DSM-5:『精神疾患の診断・統計マニュアル』や、消化器病学会の機能性消化管疾患ガイドラインなど)に基づき、以下の3つの段階に分けて解説します。

1. 根拠:なぜ腹痛を「心が原因」と考えるのか

腹痛を「心が原因」と考える背景には、「心身相関」という基本的な理解と、特定の診断カテゴリーの存在があります。

1.1. 身体症状の多様性と心身相関

痛みは、単なる組織の損傷だけでなく、中枢神経系(脳と脊髄)での情報処理、感情、認知、過去の経験が複雑に絡み合って成立します。ストレスや不安、抑うつは、自律神経系や**視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)**を介して、直接的に消化管の運動や知覚に影響を与えます。

脳腸相関(Brain-Gut Axis): 脳と腸は双方向に密接に情報交換を行っています。ストレスは腸の動き(蠕動運動)を異常にしたり、内臓の知覚過敏を引き起こしたりします。これが「機能性消化管疾患(FGID)」、特に**過敏性腸症候群(IBS)や機能性ディスペプシア(FD)**の主要なメカニズムです。

1.2. 精神医学的診断カテゴリーの存在

器質的な病変がないにもかかわらず、強い腹痛が持続する場合、精神医学的な疾患の可能性を検討します。

診断カテゴリー(DSM-5)             特徴と腹痛との関連

身体症状症           苦痛を伴う身体症状(腹痛など)に加え、その症状や関連する健康の懸念に対する過度な思考、感情、行動がある。症状そのものよりも、**症状への「とらわれ」**が生活の支障となる。

病気不安症           身体症状はあっても軽微、あるいはなくても、重篤な病気になることへの過度な不安が6ヶ月以上持続する(旧:心気症)。腹痛をきっかけに、重い病気ではないかと常に心配する。

転換症    心理的なストレスが、意識的に制御できない神経学的症状(例:麻痺、失明、痙攣)として現れるもの。腹痛として現れることは少ないが、身体化の一つ。

抑うつ障害・不安障害       精神疾患の随伴症状として、自律神経の不調を介して腹痛や消化器症状(吐き気、下痢、便秘など)が頻繁に出現する。

【重要なガイドラインの解釈】

慢性疼痛に関する国際疼痛学会(IASP)では、かつて「心因性疼痛」と呼ばれていたものを、器質的要因も関わることを考慮し、「心理社会的疼痛」と呼ぶ傾向があり、痛みの要因は一つではない(混合性疼痛)という認識が主流です。

2. 手順:「心が原因」と考えるまでのプロセス

精神科専門医が腹痛を心因性と疑い、診断に至るまでには、厳格なプロセスが必要です。

Step 1: 器質的疾患の徹底的な除外(重要)

これが最も重要です。精神科医は、患者さんが必ず先に消化器内科などの専門医を受診し、必要な身体的検査(血液検査、内視鏡検査、CT/MRIなど)を受け、急性腸炎、炎症性腸疾患(IBD)、消化性潰瘍、癌などの器質的疾患が除外されていることを確認します。

ガイドラインに基づいた除外: 特に機能性消化管疾患の診療ガイドラインでは、警鐘症状(Red Flag Signs)(例:発熱、血便、原因不明の体重減少、夜間覚醒を伴う症状など)がないことの確認が必須です。

Step 2: 精神医学的アセスメントの実施

器質的異常がないことを前提に、精神科的な問診と評価を行います。

症状の詳細な聴取(性質、時間帯、増悪因子):

痛みはいつから、どのような性質か(刺すような、重苦しい、など)。

心理的要因との関連: ストレス、不安、特定の人間関係、出来事と症状の悪化・出現が時間的に一致するか。

日常生活への支障: 症状が学校、仕事、家庭生活、社会活動にどれほど影響を与えているか。

精神状態の評価(現在の苦悩の特定):

抑うつ、不安、パニック症状の有無。

症状に対する認知・感情(「とらわれ」): 「この腹痛は絶対に治らない」「実は重い病気ではないか」といった過度な心配、頻繁な受診行動、日常生活への過剰な影響(例:腹痛が怖くて外出できない)。

心理社会的ストレス: 職場や家庭でのストレス要因、トラウマ体験の有無。

診断基準との照合:

DSM-5の身体症状症の診断基準(苦痛を伴う身体症状+過度な思考・感情・行動)や、他の精神疾患の基準に合致するかどうかを厳密に照合します。

Step 3: 診断の共有と心理教育(Psychoeducation)

心身の関連性が高いと判断された場合、患者さんに**「病気ではない」のではなく、「脳と腸の連携ミス」や「ストレスによる身体化」である**ことを丁寧に説明します。

「診断名」の重要性: 「過敏性腸症候群(IBS)」「機能性ディスペプシア(FD)」または「身体症状症」といった具体的な診断名を提示し、痛みが「気のせい」ではなく、実際に苦痛を伴う病態であることを認めます。

責任の明確化: 痛みが「患者さんの努力不足」や「性格」のせいではないことを伝え、安心感を与えます。

3. 対応:心が原因の腹痛への精神科的アプローチ

腹痛の原因が心理社会的要因と強く関連する場合、精神科専門医は「心」と「身体」の両面から統合的な治療を行います。

3.1. 心理療法(中核的治療)

認知行動療法(CBT): 症状への**「とらわれ」や破局的思考**(「この痛みで死ぬかもしれない」)といった認知の歪みを修正し、症状とうまく付き合うための行動変容を促します。特にIBSに対するCBTは有効性が示されています。

マインドフルネス・自律訓練法: 腹部の不快な感覚に対して過敏になるのを避け、「今、ここ」の現実に意識を集中させる練習を通じて、内臓知覚の過敏さを軽減し、不安やストレスをコントロールします。

森田療法: 症状への注意の固着(とらわれ)がある身体症状症に対し、「症状をあるがままに受け入れ、目的本位の行動をする」ことで、症状の悪循環を断ち切るアプローチが有効となることがあります。

3.2. 薬物療法(補助的治療)

抗うつ薬・抗不安薬の活用: 症状が強く、抑うつや不安を伴う場合や、消化器内科治療で効果が不十分な場合に用いられます。

**三環系抗うつ薬(TCA)や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)**の一部は、腸管の知覚過敏を改善する効果や、抑うつ・不安を軽減する効果があり、機能性消化管疾患の二次治療として、ガイドラインでも有効性が示唆されています。

抗不安薬は、急性的な不安に伴う腹痛の緩和に用いられることがありますが、依存性や副作用に注意して慎重に投与されます。

3.3. 環境調整と生活指導

ストレス・マネジメント: 症状を「がんばりすぎのサイン」と位置づけ、仕事や生活での過剰な負荷を緩めるよう助言します。適切な休息、十分な睡眠の確保を指導します。

食事・生活習慣の見直し: 消化器内科医と連携し、FODMAP食(特定の糖質を制限する食事)の導入や、規則正しい生活リズムの確立を推奨します。

結論

腹痛を「心が原因」と考えるプロセスは、身体的異常の徹底的な除外から始まり、精神科医による心理社会的要因と症状への「とらわれ」の評価を経て、「身体症状症」や機能性消化管障害などの診断に至ります。

中原こころのクリニックでは四ノ宮基が精神科専門医として、患者さんの身体的な苦痛を「気のせい」とせず、心身のつながりの中で生じた真の病態として捉え、心理療法と薬物療法を組み合わせた統合的なアプローチで対応することが、症状の緩和とQOL(生活の質)の改善につながります。遠方よりいらっしゃる患者様には恐縮ではありますが当院は営業の半分を訪問診療に割いている多機能メンタルクリニックでありますことをご了承ください。溝の口や川崎、横浜からも近くお気軽に精神科や心療内科の敷居を越えて苦しみから解放されるお手伝いをさせていただければと考えております