季節性感情障害(SAD)の概観:エビデンスに基づく理解

中原こころのクリニック四ノ宮です

季節の変わり目になにかと不調となりやすいです 

季節性感情障害は聞きなれない疾患かと思われますので一緒に追ってみましょう

1. 緒言

季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder, SAD)は、特定の季節、特に秋から冬にかけて抑うつ症状が発現し、春から夏にかけて寛解する、反復性のうつ病エピソードを特徴とする精神疾患である。米国精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM)では、大うつ病性障害のサブタイプとして位置づけられている。本稿では、SADの臨床像、疫学、病態生理、診断、治療法について、近年の研究動向を踏まえて解説する。

2. 臨床像と診断

SADの症状は、非季節性のうつ病とは異なる特徴を持つことが多い。特に注目されるのは、非定型うつ病の症状との類似性である。具体的には、以下の症状が特徴として挙げられる。

過眠(Hypersomnia):睡眠時間の延長。

過食(Hyperphagia):特に炭水化物への欲求が強まり、体重増加を伴うことが多い。

鉛様麻痺(Leaden paralysis):手足が重く感じられる。

人間関係過敏性(Rejection sensitivity):他人からの否定的な評価に過度に敏感になる。

診断においては、DSM-5の診断基準に加えて、過去2年間にわたる反復性のうつ病エピソードと、その発症と寛解が特定の季節と関連していることの確認が重要である。

3. 疫学

SADの有病率は、緯度が高い地域で高い傾向にある。これは、日照時間の短縮が病態に深く関与していることを示唆している。例えば、米国のフロリダ州(低緯度)では有病率が1%未満であるのに対し、アラスカ州(高緯度)では10%に達すると報告されている。日本では、秋田県や北海道などの高緯度地域で有病率が高いという報告がある。女性の有病率が男性の約4倍と高いことも特徴である。

4. 病態生理:神経生物学的メカニズム

SADの病態には、複数の神経生物学的メカニズムが複合的に関与していると考えられている。主要な仮説は以下の通りである。

a. セロトニン仮説

セロトニンは、気分、食欲、睡眠などを調節する重要な神経伝達物質である。SAD患者では、秋から冬にかけて、脳内のセロトニンレベルが低下することが報告されている。これは、セロトニンの前駆体であるトリプトファンの取り込み異常や、セロトニンを分解する酵素の活性化などが関与していると考えられている。

b. メラトニン仮説

メラトニンは、睡眠と概日リズムを調節するホルモンである。メラトニンは、日照時間の減少により分泌量が増加する。SAD患者では、メラトニンの分泌パターンが異常をきたし、概日リズムが乱れることが示唆されている。これにより、睡眠覚醒リズムのずれが生じ、抑うつ症状や過眠が引き起こされる可能性がある。

c. ビタミンD仮説

ビタミンDは、日光を浴びることで皮膚で合成される。ビタミンDは脳内のセロトニン合成にも関与している。秋から冬にかけての日照時間の減少は、ビタミンDの産生を低下させ、これがSADの発症に関与する可能性が指摘されている。

これらの仮説は互いに独立したものではなく、セロトニンとメラトニンのバランス、そしてビタミンDの関与が複雑に絡み合って病態を形成していると考えられている。

5. 治療法

SADの治療は、主に以下の3つの柱から構成される。

a. 光療法(Bright Light Therapy)

SADの第一選択肢として最も効果が確立されている治療法である。高照度の光を毎日一定時間浴びることで、セロトニンの合成を促進し、概日リズムを正常化させる。通常、10,000ルクスの高照度光を、朝の30分間浴びることが推奨されている。光療法は、抗うつ薬と同等の効果があるとされ、副作用も少ないため、SAD治療の基盤となっている。

b. 薬物療法

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が有効である。SADの症状が出始める前に、予防的に服用を開始することが有効とされる。SSRIは、脳内のセロトニン濃度を高めることで、抑うつ症状を改善する。

c. 認知行動療法(CBT)

SADに特化したCBTも有効性が示されている。特に、冬の活動性の低下や社会的な引きこもり傾向を改善することに焦点を当てる。CBTは、患者が自身の思考パターンや行動を修正するのを助け、うつ症状の再発予防にも効果的である。

6. まとめと展望

SADは、日照時間の変化が引き金となる、神経生物学的な基盤を持つ精神疾患である。病態生理にはセロトニン、メラトニン、ビタミンDなどが複雑に関与しており、治療法としては、光療法が最も効果的で、SSRIやCBTも有効な選択肢となる。

今後の研究課題としては、SADの病態生理をさらに詳細に解明し、より個別化された治療法を開発することが挙げられる。また、遺伝的要因や生活習慣との関連性も、今後の研究で明らかになることが期待される。SADは、精神疾患の中でも季節性という明確な特徴を持つ興味深い疾患であり、今後の研究の進展が期待される。