―精神科医の視点からの考察―**
序論:情報の洪水と心の負荷
現代社会において、世界情勢や政治に関するニュースは、スマートフォンの通知やSNSのタイムラインを通じて、ほぼリアルタイムで私たちの生活に流れ込んでくる。戦争、紛争、経済危機、社会不安、政治的対立など、刺激の強い情報が連日報じられることで、多くの人が「不安」「怒り」「無力感」「疲労感」を抱えている。
精神医学の観点から見ると、こうした情報環境は、私たちの脳のストレス反応系を慢性的に刺激し、心身の健康に影響を及ぼす可能性がある。特に、ニュースの内容が自分の生活に直接関係しない場合でも、脳は「脅威」として処理する傾向があるため、過剰なストレス反応が生じやすい。
本稿では、世界情勢や政治ニュースが精神に与える影響を精神医学的に整理し、私たちが日常生活で実践できる対処法を提示する。
第一章:政治ニュースが精神に与える心理的影響
1. 不安の増大と「予期不安」
戦争や国際情勢の緊張、経済不安などのニュースは、未来に対する不確実性を強調する。精神医学では、未来の脅威を過大に予測してしまう状態を「予期不安」と呼ぶ。
• 「この先どうなるのだろう」
• 「自分の生活は大丈夫だろうか」
• 「世界が悪い方向に向かっている気がする」
こうした思考は、脳の扁桃体を刺激し、交感神経を優位にする。結果として、動悸、睡眠障害、集中力低下などの身体症状が現れることもある。
2. 怒りや敵意の増幅
政治ニュースはしばしば対立構造を強調する。SNSでは特に、怒りを喚起する情報が拡散されやすい傾向があるため、私たちは知らず知らずのうちに「怒りの連鎖」に巻き込まれる。
怒りは本来、自己防衛のための自然な感情だが、慢性的に続くと以下のような影響をもたらす。
• 判断力の低下
• 人間関係の悪化
• 睡眠の質の低下
• 血圧上昇など身体的負荷
精神科臨床では、慢性的な怒りはうつ病や不安障害のリスク因子としても知られている。
3. 無力感と「学習性無力感」
世界情勢の大きな問題は、個人の力では解決できないことが多い。そのため、ニュースを見続けることで「何もできない」「どうせ変わらない」という無力感が蓄積する。
心理学者セリグマンが提唱した「学習性無力感」は、コントロールできない状況が続くと、人は努力する意欲を失い、抑うつ状態に陥りやすくなるという理論である。
政治ニュースの過剰摂取は、この無力感を強める可能性がある。
4. 情報疲労(Information Fatigue Syndrome)
情報過多による疲労は、現代特有のストレス反応である。
• 情報を処理しきれない
• 何を信じればいいかわからない
• ニュースを見るだけで疲れる
こうした状態は、脳の前頭前野の負荷を増大させ、意思決定能力の低下や感情調整の困難につながる。
第二章:脳科学から見たニュースの影響
1. 扁桃体の過剰反応
脳の扁桃体は「脅威」を検知するセンサーのような役割を持つ。政治ニュースの多くは、危機や対立を扱うため、扁桃体が過剰に反応しやすい。
扁桃体が活性化すると、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、慢性的なストレス状態が続く。
2. 前頭前野の疲労
前頭前野は判断力や感情のコントロールを担うが、情報過多の状態では疲労しやすい。これにより、
• 冷静な判断ができない
• 感情的になりやすい
• ネガティブな情報に引きずられる
といった状態が生じる。
3. SNSによる「報酬系」の刺激
SNSは「いいね」やコメントなどの報酬刺激を通じて、脳のドーパミン系を刺激する。政治ニュースは感情を揺さぶるため、SNS上での反応が増えやすく、結果として依存的に情報を追い続けてしまう。
第三章:私たちがいまできること ― 実践的な対処法
1. ニュースとの距離を適切に保つ
● 情報の「量」をコントロールする
• 1日にニュースを見る時間を決める
• SNSの通知をオフにする
• 信頼できる媒体を限定する
情報を「選ぶ」ことは、心の健康を守るための重要なスキルである。
● 情報の「質」を見極める
• 感情を煽る見出しに注意する
• 出典や根拠を確認する
• 不確実な情報に振り回されない
2. コントロールできる範囲に意識を向ける
精神医学では、ストレス対処の基本として「コントロール可能な領域に集中する」ことが推奨される。
• 自分の生活習慣を整える
• 周囲の人との関係を大切にする
• 自分ができる社会貢献を小さくても実践する
世界全体を変えることは難しくても、自分の生活を整えることは可能である。
3. 心身のセルフケアを徹底する
● 睡眠・食事・運動
これらは精神の安定に直結する。特に運動は、ストレスホルモンを減らし、気分を改善する効果が科学的に証明されている。
● マインドフルネス
呼吸に意識を向けるだけでも、扁桃体の過剰反応を抑える効果がある。
● デジタルデトックス
週に数時間でも、スマホから離れる時間を作ることで、脳の疲労が大きく軽減される。
4. 感情を言語化する
心理療法の観点では、感情を言語化することがストレス軽減に有効とされる。
• 日記を書く
• 信頼できる人に話す
• 自分の感情を「ラベリング」する
「不安だ」「疲れている」「怒っている」と言葉にするだけで、脳の前頭前野が活性化し、感情が整理されやすくなる。
5. 社会とのつながりを保つ
孤立はストレスを増幅させる。家族や友人とのつながりは、精神的なレジリエンス(回復力)を高める。
• 雑談をする
• 趣味のコミュニティに参加する
• オンラインでも良いので交流を持つ
第四章:精神科医の視点からの総合的アドバイス
世界情勢や政治ニュースは、私たちの生活に直接影響する重要な情報である。しかし、過剰に接触すると、脳のストレス反応系が慢性的に刺激され、精神的な不調を引き起こす可能性がある。
精神科医として強調したいのは、「情報との距離感を自分で調整することは、心の健康を守るための重要なスキルである」という点である。
• ニュースを必要以上に追わない
• 感情を揺さぶる情報から距離を置く
• 自分の生活を整えることに集中する
• コントロールできる範囲に意識を向ける
これらは、精神医学的にも効果が確認されている実践的な方法である。
結論:世界が不安定な時代だからこそ、心の安定を優先する
世界情勢が不安定な時代において、私たちができる最も重要なことは、「自分の心の安定を守ること」である。心が安定していれば、冷静に情報を判断し、必要な行動を選択できる。
逆に、心が疲弊していると、情報に振り回され、無力感や怒りに支配されやすくなる。
世界を変えるためにも、まずは自分の心を整えることが出発点になります
川崎市中原区にある中原こころのクリニックでは身近な問題から社会問題まで生活に及ぼす外的要因においても患者様と共有しながら治療を考えていきます
